ビットコイン最初の値段はいくら?仮想通貨が誕生した理由と歴史

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ビットコインを知ったきっかけは

2018年1月現在、日本には100万人以上の仮想通貨取引ユーザーがいると言われており、その数は日ごとに増えています。

日本には十数社の仮想通貨取引所がありますが、その中でも「bitFlyer(ビットフライヤー)」「coincheck(コインチェック)」「Zaif(ザイフ)」「DMMBitcoin(DMMビットコイン)」などに口座を開設する人が多いでしょう。

参考|仮想通貨取引所を運営できる金融庁登録済み業者・みなし業者一覧

特に2017年秋口から年末にかけて各種仮想通貨価格の高騰が話題になり、テレビでも特集が組まれるなど注目が集まったことで加速度的に仮想通貨ユーザーは増えました。

かくいうわたしも2017年末にようやく仮想通貨に手を出した1人です。ただ、わたしが仮想通貨のビットコインを知ったのは、2013年3月のキプロス危機で預金がビットコインに流れているというニュースでした。

なぜビットコインやその他の仮想通貨は、たった数年でここまで大きな市場を形成するに至ったのでしょうか。

今回は、ビットコインが生まれた理由や仮想通貨の歴史の過渡期についてお話します。

ビットコイン誕生の経緯

ビットコインは、2008年(ビットコイン公式サイトでは2009年)に「Satoshi Nkamoto(中本哲史)」という日本人名で書かれた「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System」という論文が元になっているというのは有名なお話です。

ただ、ビットコインのような仮想通貨の構想はそれ以前からあり、最も有名なものはサイファーパンクメーリングリストで政府に干渉されない暗号技術を用いた経済活動を示したものです。

ビットコイン公式サイトには以下のように記されています。

ビットコインは、1998年にサイファーパンクのメーリングリストで、ウエイ・ダイが説明した「仮想通貨」のコンセプトを実現したものです。このコンセプトは、中央権力ではなく、その製造と取引に暗号学を使った新しい通貨の形状を使おうと提案したものです。

引用|よくある質問 – ビットコイン

※中本氏(仮名)に関してはこのようなニュースもあります
Bitcoin発明者「中本哲史」1000億円長者に

ビットコインの販売開始

2009年1月にビットコインv0.1がリリースされ、Satoshi Nkamotoのマイニングによって最初のビットコインが生成されます。

また、最初に行われたビットコインのトランザクション(送金)は、Satoshi NkamotoからHarold Thomas Finney II(Hal Finney)へのものでした。

同年10月5日には、New Liberty Standard(ハンドルネーム)によって初めてビットコインの販売が行われますが、販売価格(初値)は「1BTC=0.00099ドル」でした。これはビットコインマイニングに必要な生産原価(電気料金)から算出された価格です。

参考|2009 Exchange Rate – New Liberty Standard

2009年10月時点のBTC円換算
1BTC=0.00099ドル
1.00ドル=1,309.03BTC
1.00ドル=91.03円
1BTC=0.0695円

その後、同年12月にビットコインv0.2がリリースされています。

参考|2009 – Bitcoin Wiki

最初のビットコイン決済はピザ

ビットコインで最初に行われた取引はピザでした。

2010年5月17日、Laszlo Hanyeczがビットコードフォーラムに立てたスレッドに「2枚のピザLサイズを10000BTCで支払うから、届けて欲しい。」とコメントし、2010年5月22日、Jeremy Sturdivant(jercos)が「Papa John’s Pizza」のピザをLaszloに届けたことで取引が成立しています。

Laszloは届いたピザの写真をフォーラムにアップし、「たった今ピザと10000BTCの取引が成功したことを報告させてくれ!」とコメントしています。

出典|Pizza for bitcoins?

当時の「Papa John’s Pizza」のピザ2枚は25ドルで、10000BTCのレートは41ドルでした(1BTC=0.0041ドル)。

ビットコイン最初のバブルは2011年

2010年7月、 ビットコインv0.3のリリースが「Slashdot」に取り上げられたためビットコインユーザーは急増し、1BTCの価格も5日間で0.008ドルから0.08ドルに急騰します。

同年同月、後に日本人にビットコインの存在を知らしめる仮想通貨取引所「Mt. Gox(マウンドゴックス)」が設立されます。

参考|マウントゴックス事件が与えた影響は?仮想通貨の問題とその後の対策 | FIN-ROUND

また、この年はポンド(イギリス)やレアル(ブラジル)とビットコインの交換が開始されるなど、ビットコインが拡大するインフラが少しずつ整い始めていきました。

そんな中、2011年6月8日には1BTC=31.91ドル(1ドル=80.18円)まで上昇し、1年間で価格が200倍に暴騰します。振り返ると、これが初めてのビットコインバブルということになります。

出典|ビットコインの歴史と価格推移 – ビットコインの解説 | Bitcoin日本語情報サイト

ただし、このビットコイン価格の暴騰には、闇サイトの「シルクロード」が深く関わっていることがFBIの調書によって指摘されています。

参考|ダークウェブとは?仮想通貨市場の拡大と闇サイトの深い関係 | FIN-ROUND

キプロス危機から再びビットコインバブル

キプロス共和国は元々金融立国を目指しており、ロシアンマネーも租税回避地(タックスヘイブン)として利用していました。

ところが、ギリシャ危機によって金融機関が大量の不良債権を抱え、その救済をIMFとEUに求めると、100億ユーロの資金援助の代わりに一般預金口座から58億ユーロの保障を求められたため、キプロス国内では取り付け騒ぎが起こるなどのパニックになりました。

これが2013年3月のキプロス危機です。その際国民は資金の逃し先としてビットコインを使ったため、ビットコインの価格はおよそ10倍に高騰します。

さらに、ビットコインが資金分散先だということが世界的に認知されると、国家が不安定で価値が低い通貨や政府の規制が厳しい国の通貨が資金の逃し先にビットコインを利用するようになります。

このときビットコインに最も多くマネーが流入したのは中国の「元」です。2013年11月から12月にかけてビットコインは暴騰し、同年12月4日には1155ドル(日本円のの終値で123,100円)の最高値をつけます。これは1年で100倍、年初からは80倍の高騰になります。

出典|ビットコインの歴史と価格推移 – ビットコインの解説 | Bitcoin日本語情報サイト

しかし2013年12月、元の海外流出を恐れた中国政府が国内金融機関に対してビットコイン取引の禁止を発表すると、ビットコイン価格は18日までに459ドルに急落します。

さらに追い打ちをかけるように、2014年2月、当時世界最大の仮想通貨取引所「マウントゴックス」が顧客の75万BTCと自社保有の10万BTC、合わせて480億円相当分(+預かり金28億円)を消失したと発表すると、世間のビットコインのイメージはネガティブなものになっていきました。

ビットコインは認知されたが…

さて、ビットコインは2009年の取引開始から4年経って世界中で認識されるようになりました。

ただしそのイメージはSatoshi Nkamotoが構想した「政府の干渉を受けず、個人間で健全な通貨のやり取りをしたい。」というものでなく、「単なる投機」「史上最悪のバブル」「犯罪の温床」などのネガティブなイメージです。

ちなみに、ここから2015年1月までにビットコインの価格は2014年12月4日最高値の5分の1にまで下落しますが、その後みなさんもご存知の通り再び上昇を続け、2017年12月に2万ドルの大台に乗せています。

実は2013年の1BTC=1000ドルの時から、専門家の間では「ビットコインはバブルであり、仮想通貨にこれほどの価値はない。」と言われていました。

わたしも当時、5万円、10万円と上がっていくビットコインの値段を見てバブルだと認識していましたが、結果としてさらに20倍以上の価値をつけているわけです(2018年1月24日時点では11000ドルほど)。

次回は、なぜ2014年のネガティブなイメージから2017年の高騰に至ることになったのか、そして現在のビットコインはネガティブなイメージは払拭できたのかについてお話したいと思います。

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